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ヒットエンドにゃんEX
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2015年 02月 20日
東都が誇る 黒田博樹投手
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俺ガス(サバトラの雄猫)

このところ、新聞どころかTVでも黒田博樹投手いっぱいだ!





東都大学野球2部リーグが、神宮第二で行われなくなった
それと共に俺も東都観戦から卒業した
偶然にも、今シーズンから黒田投手の専修大が1部リーグとなった
一部と二部の境で揺らいでいたここ最近の専修大
決して強さは感じなかったが、なんとなく温かみのあった愛嬌のあるチームと言う印象
そして今は知らないが、二部で応援団長をされてた学生さんが素晴らしかったこと
何より、俺が見つける専修大OBは、優しい方の割合が高い
中には、打席に向かう選手に、一生懸命“大丈夫だからな!”と言い、打撃フォームまで優しく熱心に指導されてた(もと野球部OBぽい)方もいらしたことを思い出す
入替え戦やら、一旦一部になった時、神宮球場のOBの方の会話が耳に入ってくるのだが、必ずと言っていいほど昔話になると黒田投手の名が聞こえてくる

メジャーに行くと決まった時、俺は思った
打ち取っても入ってしまう神宮第二球場から、またもプロなのに狭すぎる広島球場(現在は広いが)から、いい加減解放されたかったのかもと・・・
打ち取ってもHRになる神宮第二で育った投手は、みな開き直ってストライクを力いっぱい投げることを嫌でも覚えていく
打ち取ったつもりもHRになりかねず、より低めへの制球を意識する
よっぽどのことがない限り三部に落ちることはないためか、四球で負けるくらいなら、打たれても攻める!そんな気持ちになるのかもしれない
現在、各球場で戦うこととなっているが、神宮球場そっくりだったり、時には神宮球場だったりと、一部と二部の球場の条件は大差なくなってきているため、投手も楽になったことだろう

今は無き、神宮第二球場での東都二部リーグの試合だが、黒田投手に神宮第二で投げた感想を聞いてみたい

今まで知らなかった・・・
見逃していた記事なのか?

ドジャース:黒田投手が5万ドル寄付―がん撲滅キャンペーンに協力

ドジャースの黒田博樹投手は球団が進める、がん撲滅キャンペーン週末の26日、ドジャー球場で「ThinkCure!」基金に5万ドルを寄付した。黒田投手は、入団した2008年から毎年寄付を続けており、今回で総額は30万ドルに達した。
 同基金は「ロサンゼルス子ども病院」と、がん専門病院「シティ・オブ・ホープ」への寄付を目的に募金活動を行う地元の非営利組織。贈られた寄付金は、がん治療の研究資金や患者の治療費に役立てられる。
 ドジャースは、球団を挙げて同基金を支援している。毎年、観客動員数が他の試合より増えるエンゼルスとの交流戦で同キャンペーンを展開。選手のサイン入りジャージーやボールをオークションに掛けて売り上げを寄付している。また、がんを克服した子どもたちや医師、研究者、看護師などをフィールドに招待し、試合前のセレモニーで紹介し、がん撲滅の啓蒙に努めた。
 黒田投手は、寄付を継続する理由を「両親をがんで亡くしているので、両親への恩返しでもある。少しでもがん患者の手助けがしたいから毎年やらせてもらっている」と説明。「がんが治ることは、すばらしいこと。研究や治療の進歩に協力できればいい」と力を込めた。日本時代にはプレーを続けながら看病を続け、患者の家族として苦しみを味わった立場から、遺族や支援者へ向けて「僕も同じ経験をしたことを分かってもらい、励みになればいい」とエールを送った。
 シティ・オブ・ホープ病院のがん研究所所長のスティーブン・フォアマン医師は、黒田の寄付について「とてもありがたい。クロダは両親をがんで亡くしているので、遺族として辛さが分かっている」と述べた。「クロダは、がん患者の一番の理解者であり、野球選手として初めて先頭に立ってわれわれの活動を支援してくれている。がん患者と医師、研究者、看護師のみんなにとってヒーローである」と称賛した。


もう一つ・・・

黒田「21億円捨て広島復帰」決めた広島土砂災害の現場

「わしは野球には興味がないけぇ、サッカーファンなんよ。じゃけぇ、地元テレビ局の人と一緒に“彼”が来てくれたときも、体の大きな無口なカメラマンじゃあ思おとった。でリラックスさせるために言うたんよ、『あんた、テレビで見たことあるよ』と。でも、黙って頷くだけじゃった(笑)」

 昨年10月25日、広島市の土砂災害で被災した安佐南区緑井8丁目に住む野間茂氏(68)は、駆けつけてくれたボランティアの人たちとともに半壊した自宅の片付けに追われていた。休憩時間に彼らを自宅に招き入れ、被災当時の写真を見せていた。そんなとき、冒頭の2人が訪ねてきた。その“体の大きなカメラマン”こそ、8年ぶりの広島復帰を決意した黒田博樹(39)だった。

「しばらくすると、みんながざわつきだして『ウソっ?黒田さん?』と気づき始めたんよ。もうビックリじゃ。皆が喜んで彼を取り囲むようじゃった。忘れられんのは、若い女性が『今年もアメリカで頑張りましたね』と言うたんよ。そしたら寡黙だった彼が、人一倍大きな声で、『いえ、本当に頑張っておられるのは、あなた方です!』と言うたんよ。もう、どんだけすごい人じゃろうか」

 年俸約21億円を蹴って、4億円の広島復帰に米メディアは「クレイジー!なぜ?」と報じた。だが、交渉を続けてきた鈴木清明球団本部長は、復帰の理由を「ファンへの使命感」と話した。もっとも長く取材を続けてきた地元テレビ関係者は「理由はひとつだけではない」としながらこう語った。

「日本に帰るなら、最後は広島でとの思い。監督が緒方孝市に替わったことなど理由はさまざま。このオフには3回も交渉しとる。それまで複数回交渉することはなかったんじゃ。じゃけぇ、黒田のなかで変化があったことは事実じゃろう。最後の最後に後押ししたんは、本気になった球団の誠意もあるけど、直接ファンの声や被災地の現状を見たことが大きいじゃろうね。あいつはそういう男よ」

 野間氏は’70年代半ばに戦時下のベトナムを訪れ、難民キャンプで奉仕活動をした経験を持つ。

「作業いうんは、ホント大変なんよ。とくに土砂の撤去はね。若い子が顔を真っ赤にしながら、倒れる寸前まで頑張ってくれとったんよ。無駄口叩かんし、ピ~ンと張りつめたなかでね。でもね、黒田さんが来てくれてからは、えらいつらい作業もみんな、笑顔でこなしていくんよね。ボランティアいうんはいろいろな形があるけど、やっぱりすごい人いうんは、もうそこにおるだけで周りの人を力づけるんじゃね」

 大好きだった街が無残にも破壊された光景に言葉を失い、立ちすくんだ黒田。その後にやってきた被災者やボランティアの人たちとのふれあい。なによりも義を大切にする男の心の中を想像するのは難しくない。

 今年、広島は被曝から70年、’75年の初優勝から40年の節目の年を迎える。「苦しいときに喜びを与えられるなら最高のモチベーションになる」。自らの言葉を地でいく決断だ。

他にもいろんな記事を見つけた
俺の飼い主バキは、小坂誠好きである
この記事を見て、
『まこっちゃんも同じ年♪(震災の時)まこっちゃんも(球団からの避難場所を断って)現地に残ってボランティアに従事してたって言ってたな~』
と・・・なんで小坂誠の名が?と思ったが、この世代ってそんな人が多いのかな?とも思った

今回の黒田投手の復帰を喜ぶ傍ら、国のトップの人間が国会で質問者に野次を飛ばしたこと自体驚いたが、脈絡のない野次で応戦する姿は、小学生のいじめっ子を見ているようで情けなくなってしまった

先日、愛国心=軍国とは違うという話が東京MXでなされていた
国を愛する=人を殺めない平和な国を望む・・・であってほしい

愛国心を声高らかに叫ぶ人間より、愛国心(?)を黙って自らの態度で実践した黒田投手が、本当に国を大切に思う人間に見える

俺の飼い主の亜大ファンバキは、黒田投手の母校が素材の良い投手多いし、入替え戦のスイングが素晴らしかったから優勝争いに食い込んできそう・・・と、警戒している!
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by fujiki-seki | 2015-02-20 11:28 | ガス文庫2《俺は知ってる》 | Comments(0)
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